先日『AI には何ができないか』を拝読しました。

AI には何ができないか

本書の内容はこんな感じです。

AlphaGo、ドローン、音声アシスタント、自動運転……。人工知能は本当のところ、いったい何ができる/できないのか?
実際のソフトウェア開発経験もある気鋭のデータジャーナリストが、コンピューターの基本的仕組みから出発して、自身の実践的取り組みや、ジェンダー・人種・格差などの社会的文脈をも交えつつ、わかりやすく解説。
今、さまざまな現場で本当に起きていることを冷静に見つめ、人間×テクノロジーのよりよい未来を展望する!


本書の目的は、私たちがよりよい選択をしていくために、 テクノロジーができることの限界 を理解し、社会全体で対話をしていくための助けになること、です。


筆者はデータジャーナリストの方です。

さて、データジャーナリスト とは「大規模なデータを解析して、新たな解釈を作り出す」ことを目的としていて、たとえば、統計データをあれこれして、新しいパターンを見つけ出す、といったことですね。

筆者はプログラミングができ、大学でコンピューターを教えたりもしているそうで、なかなか硬派な内容でした。

夢と現実の違い

「人工知能」と聞いて、多くの人が想像するのは鉄腕アトムやターミネーターの世界感でしょう。

人間のような知能を持った機械で、自分で考えて行動するようなロボットが、「本当の人工知能」だというわけです。

本書ではこれを 汎用型 AI と呼んでいますが、実は 汎用型 AI はすでに 1990 年代に見切りをつけられていて、「古き良き人工知能 (GOFAI) 」というように区別されているそうです。
夢はありますけどね。

いま現実にあるものは 特化型 AI であり、これは純粋に数学的な AI で、ある特定の狭い事柄について最適解を求めるもの、という違いがあります。


両者は全く別のものですが、筆者の指摘する通り、言葉の使われ方が誤解を生む一員になっていますよね。

たとえば、AI 技術の一つである「機械学習 (マシンラーニング) 」は、機械が感覚を持って学習して行くものではなくて、特化型 AI であり、あくまでも数学的なものです。

IT 系ではない方には、ここの認識の差がとても大きいと、感じることはよくあります。

特化型 AI をもう少し

AlphaGo

特化型 AI の例として、本書では AlphaGo (アルファ碁) を取り上げています。


AlphaGo は、囲碁というゲームのルールの中で、どうすれば良い得点が取れるかを、膨大な対局データから計算していくものです。

インターネットには囲碁の対戦サービスがいくつもあって、 AlphaGo はそういったサービスから棋譜を収集していくことができたのですね。

膨大な数の棋譜は、つまりそれだけの人が、実際に頭を悩ませて考えたものであるわけです。
いわばそれだけの人の思考をトレースしているわけですから、ロジックを組み立てて、データ解析して、を繰り返して調整していけば、それはものすごい結果になるわけですよね。

タイタニック号の生存率

本書にはタイタニック号のデータを解析するというパートがあり、これは、客室の等級や性別などかから、AI 技術を使って生存率を求めるというもので、狭義には、こういったものも特化型 AI なのです。

結果を出すまでのプロセスを、なかなか詳細に記録していて、 「AI が、実際にどういうものなのか」というイメージがつきやすいと感じました。

モデル化と四則演算

先のタイタニック号の生存率は、実際の事故と比べて 90% 程度の適合があったということですが、筆者も言う通り、これはいろんな数値から求めた結果にすぎず、リアルな世界の出来事を表したものとは全く違うのですね。

AI はただのコンピューター であり、コンピューターができることは、結局のところ 四則演算だけ です。

そのため、数学的に処理できないもの、数式で表すことができないものを扱うことはできません。

そこで、コンピューターに処理させるために、現実のことをモデル化する、という作業が発生します。

モデル化とは、例えば

  • 40代
  • 男性
  • 日本在住

とか、そういった属性を並べていくことですね。

本当は個性がある人間であり、その時時で気分も違うし考え方もかわって一定ではないのですが、断定できる僅かな部分だけを抜き出してモデル化し、その他のことはいったん無視するのです。


ですから、さきほどのタイタニック号の例を見ても、計算には加味されなかった要素もたくさんありますし、モデル化できないために加味できなかった要素もたくさんあるわわけです。

自動運転で死にそうになった

また、本書は自動運転者に試乗し、もう少しで該当に激突して死にそうになったというエピソードが紹介されていました。

ものを認識するアプローチ

筆者が試乗した自動運転車は「周囲のものをすべて認識するアプローチ」を採用していたといいます。

カメラなどを通して得た画像を解析し、道路や周囲に何があるかを把握します。

そして、例えば赤いコーン (パイロンといいます) を発見したら迂回する、というアプローチです。


パイロンを識別するために、

  • 上向きの三角で
  • 赤色で
  • 大きさがどのくらいで

ということをパターンとしてプログラムするのですね。

けれども、パイロンが常に立っているとは限らず、横倒しになったパイロンはそのままでは認識できないため、別パターンとしてプログラムして上げる必要があります。

そうして、電柱や街頭、人間や動物などをプログラムして解釈できるようにするのです。

しかしながら、これを繰り返して、パターンが 1 万になったとしたら、画像を解析して、常に 1 万パターンと照合しなくてはならず、膨大な計算が必要となってきますよね。

それでも、 1 万 パターンが充分とは言い切れないのです。

運転は現実の行為

AlphaGo は、最悪といっても大局に負けるだけです。

タイタニック号データの解析は、過去のことですから、現実にはなにも影響しません。

しかしながら、自動車の運転は実際の事故と隣り合わせである、という点が全く異なります。


自動運転には次の大きな 2 つの問題があります。

一つは、 プログラムにはバグがある 、ということです。

私自身もプログラムを書くのでよくわかりますが、そもそもとして完璧なプログラムなんてあり得ません。

どんなに優秀なエンジニアだって、すべての事柄を事前に想定しておくことは、かなり難しいですし、そもそもが人間なのでいつも完璧にこなすことができるとは言い切れません。

もう一つは、 AI で処理できる事柄はごくわずかである 、ということです。

自動車は障害物ことだけではなくて、例えば気候や路面状態、車体のコンディションなども考慮しなければなりませんね。

現実の AI ができること

特化型 AI は、 パターンや傾向を導き出す には力を発揮しますが、それは あくまでも数式で表せられるものに限られる という点に注意しなければなりません。

そして、ベースであるデータも、解析プログラムにも、どちらも不備があるのです。

そして、 AI やテクノロジーの 経済的なメリットが有るかどうか というバイアスがあり、手元に並ぶものは、手垢のついたものであるという、一歩冷めた認識を持つことが必要かな、というように考えています。


AI を活用することで、意思決定のサポート、判断材料とすることは可能ですが、利用できる分野可限られるかもしれません。

また、活用できたとしても、やっぱり人間が自分の頭を使ってウンウン悩むことが必要だし、悩みは尽きねえものだと、私は考えます。


『AI には何ができないか』は、こういう本が久しぶりだったのでとても良かったです。

日本では「 2019年 ビジネス書大賞」となった、『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』が有名で、これを合わせて読むと良さそうです。

AI vs. 教科書が読めない子どもたち

新井 紀子
出版社:東洋経済新報社 

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